2025.10.22
空き家と向き合い動き続ける 鳥羽なかまちエリアの歩みと挑戦
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2025.12.17

蒸し伊勢海老を中心に、地元の魚介を丁寧に届ける名店「伊勢海老 海鮮蒸し料理 華月(かげつ)」。座席数は126席。和の雰囲気で統一された店内に足を踏み入れると、カウンター前の水槽で元気に動く伊勢海老がお客様を迎えてくれます。

鳥羽の地で創業し、来年(2026年)で40周年を迎えます。そんな華月の歩みの背景には、人と人との営みの中で海の変化を感じ、地域に根づく循環の在り方が息づいていました。

華月では、創業以来「地元で取れた魚介を、一番おいしい形で届ける」という考え方を大切にしてきました。考え方の背景には、地域の食やものづくりと向き合う中で培われてきた価値観があります。

三重県内には、水質にまで配慮する干物業者や、手作業で丁寧に仕上げる加工業者が数多く存在します。仕入れ担当者が実際に現場を訪れる中で、素材や工程に真摯に向き合う事業者の姿が、華月の「地元産にこだわる」という方針の土台となってきました。
そして、華月のこだわりの根底にあるのは、常に「お客様の立場に立って考える」という姿勢です。

華月では、蒸し伊勢海老をお客様の目の前で蒸し上げるスタイルを貫いています。伊勢海老本来の旨味が最も引き立つ「丸ごと蒸し」にこだわり、海鮮丼や刺し身についても、仕入れ状況に応じて旬の魚を用意しています。
華月の日々の誠実な積み重ねによって、鳥羽市の名産である牡蠣や答志島トロさわらなど、地元の旬を味わえる名店として、多くのお客様に支持されています。

コロナ禍以前、華月では夏はアワビ専門店、それ以外の季節は伊勢海老専門店という二本柱で営業していました。
しかし2020年、コロナウイルス感染症の拡大によって来店客が大きく減少します。同時期、海の環境変化による深刻な磯焼けが進行し、アワビの漁獲量も大幅に落ち込みました。観光需要の停滞と主力食材の不漁が重なる中で、従来の営業形態を見直す必要に迫られます。
こうした状況を受け、年間を通じて伊勢海老料理を軸とする現在の華月スタイルへ舵を切りました。

当時、三重県産のみにこだわって冷凍の伊勢海老を提供するか、国産を仕入れて活き伊勢海老を提供するかという決断を迫られました。華月内で話し合い、「お客様は活きた伊勢海老を求めている」という意見で一致。蒸籠で威勢よく跳ねる伊勢海老が華月の持ち味であることが再認識され、三重県産の伊勢海老を優先しながら、国産の活き伊勢海老を使う方針を選びました。

華月の名物である「蒸し伊勢海老」には、伊勢志摩ならではの特別な歴史があります。参考にしている古式蒸しは、伊勢神宮の最高峰の神事・神嘗祭で神様に供えられる神饌の調理法であり、2000年以上受け継がれてきた「伊勢の食文化の原点」です。

伊勢海老は神饌としても重要視され、特別な食材として古くから珍重されてきました。華月の「蒸し伊勢海老」は神事の「丸ごと蒸す」技法で、木曽檜の蒸籠で丁寧に蒸し上げます。

まさに、伊勢神宮に連なる精神性と食文化を現代に体現する一品。華月で味わう蒸し伊勢海老は、ただの料理ではなく「伊勢志摩という土地の物語を食す体験」でもあります。

店内に足を踏み入れると、水槽で元気に動く伊勢海老の姿が目に入ります。華月では、伊勢海老を最良の状態で提供するため、水槽の海水にも細かな管理を施しています。使用する海水は実際の海の環境に近い状態を保ち、塩分濃度やpH値を安定させることで、伊勢海老への負担を最小限に抑えています。

こうした徹底した管理によって、伊勢海老の活力が保たれ、身の締まりや旨味が落ちにくくなります。活き伊勢海老の最終の味わいは、海水の状態で決まる。華月の譲れないこだわりです。
また、華月では水槽の浄化に地元産の資材を活用しています。

ケアシェルとは:ケアシェル株式会社が製造する地元の牡蠣殻を加工して作られる水質浄化剤/関連記事「地域課題を資源に変える 牡蠣殻を活かす循環型社会が子どもたちへの学びの場に」
牡蠣殻と、牡蠣殻を加工した水質浄化材「ケアシェル」を併用することで、水質のバランスを保ちつつ、海水の入れ替え頻度を抑えています。これにより、水槽環境が安定し、伊勢海老にとってより自然に近い状態が維持されています。

そして、華月が活き伊勢海老にこだわる最大の理由……それは圧倒的な美味しさにあります。冷凍や途中で身を切り分けた伊勢海老と比べて、活きたまま丸ごと木曽檜の蒸籠で蒸し上げることで、旨味と水分が内部に閉じ込められます。余分な水分だけが適度に抜け、濃厚で甘みのある味わいが引き出されます。
目の前で蒸し上げる演出も含め、蒸気や香り、伊勢海老の動きといった五感での体験が重なり、伊勢志摩ならではの食の魅力を体感できる一皿として提供されています。

華月は、総座席数126席(カウンター16席、お座敷38席、奥座敷椅子56席、椅子14席)という、店の規模が大きすぎず小さすぎない設計です。この規模感だからこそ、一本買いした魚を無理なく使い切るオペレーションが可能になっています。
例えば、足の速い答志島トロさわらは、脂のりが増す2〜3日目を見極めて刺し身として提供しています。

仕込み量と提供数を店舗規模に合わせて調整することで、最も状態の良いタイミングを逃さず、お客様に届けることができます。
万が一、食材が使い切れない場合でも、従業員で味を確かめながら次の仕込みや提供に活かすことで、無駄を最小限に抑えています。店舗規模に見合った運営の形が、一つひとつの食材を丁寧に扱う姿勢と、持続的な循環を支えています。

華月の仕入れは、市場での入札を前提とした大量仕入れではなく、必要なものを必要な分だけ確保する仕組みによって成り立っています。季節や漁の状況に応じて、水産会社と事前に情報を共有し、その時点で状態の良い魚種やサイズを選定します。

例えば、海鮮丼に使用する魚についても、事前に水産会社へ魚種やサイズの希望を伝え、「今週は海鮮丼用に石鯛・鯛・イシガキダイのいずれかを」といった依頼をします。希望した魚が水揚げされれば、必要な分だけを仕入れる仕組みです。こうした人と人との信頼を基盤に、地域の経済が循環する仕入れの形を華月は実現しています。

また、地元では漁師や海女による漁が今も生活と密接に結びついています。華月では、地域の漁業者と日常的に交流をし、天候や潮の状況を踏まえながら、その時々に応じた水揚げされた海の恵みを受け取っています。
人と自然の距離が近い地域の、環境を前提にした仕入れの仕組みは華月らしさです。結果、食材ロスの抑制や、地域経済の循環にもつながっています。

店名の「華月」は、創業者が「華やかな月」を意味して名付けたものです。しかし華月のロゴは、「月」の一画を欠いた形で表現しています。
これは、満月の夜には伊勢海老漁が行われないという、自然のリズムや漁の営みに由来しています。月の満ち欠けとともに営みが変わる、華月らしさが「月」の文字に込められていました。
華月の料理には、海と人、そして土地の文化が息づいている。環境の変化に向き合いながら、名物・蒸し伊勢海老の技を受け継ぎ、地域とともに歩む店の姿が、ここ鳥羽の地に根ざしています。
●伊勢海老 海鮮蒸し料理 華月(かげつ)
〒517-0015 三重県鳥羽市安楽島町
公式サイト:https://kagetu.co.jp