
2025.02.10
季さらグループの地域と未来を紡ぐ旅館経営 持続可能な観光地づくりを目指して
三重県で初めて「SDGs認証制度 サクラクオリティグリーン」を取得した季さらグループは、地元とのつな…
2025.3.11
「しんわ千季」。この言葉には、神話の息吹が漂う伊勢の地で、親和や日本の和を大切にしながら、100年、200年、さらには1000年と長く続く宿でありたいという戸田家の願いが込められています。創業から190年以上、これまで戸田家は地域とともに歩み、持続可能な未来を見据えた旅館経営に挑戦してきました。
ー寺田社長「目の前の課題をどう解決すれば、前に進んでいけるか。常にそのことだけを考えとるんです。」
時代の先駆者として環境保護や地域資源の活用、外国人スタッフの育成など、幅広い取り組みを続ける中で、寺田順三郎社長(以下、寺田社長)が語る経営の哲学と未来への想いをご紹介します。
ー寺田社長「缶ジュースの空き缶が山積みで、『これ、何とかできんのか』っていうところが最初のとっかかりなんです。」
1992年(平成4年)から始まった環境保護の取り組み。お客様の宿泊によって出た缶や瓶から始まりました。分別を進めていく中で、例えば宴会場ではスタッフが袋を持ち寄り、缶やペットボトル、紙、割り箸などを効率的かつ細かく分類する工夫を重ねていきました。スタッフ全員で手本を示しながら徹底した結果、最初は戸惑いの声があったものの、次第にそれが「当たり前」の行動へと変化していきます。
ー寺田社長「分別をきちんとやると、片付ける時に楽になるんよ。最初は現場で文句もあったかもしれんけれど、気がつけばそれが当たり前になっとるんやわ。」
分別の徹底を進めてきたことでISO14000シリーズの取得に繋がり、持続可能な経営の土台を作り上げました。
ゴミの分別がきっかけとなり、これまで戸田家では以下のような環境に配慮した取り組みを実施しています。
環境に配慮した取り組みは、1日にして成らず。戸田家ではこれまで数々の困難を乗り越えてきました。例えば、「宴会ゴミから生まれる循環型モデルの構築」を目指す過程では、当初、地元農家からの信頼を得られないという課題に直面しました。その後、半年間にわたる成分分析の検証の結果、安全性を証明することに成功。地元農家の信頼を得られたことで、ごみの量を約半分に削減しました。
現在では、廃棄物を資源として活用する先進的な取り組みが評価され、国内外から注目を集めています。取り組みを開始してから今日に至るまで、旅館関係者をはじめとした多くの事業者が視察に訪れいます。
こうした取り組みを支えるのは、大規模旅館であるという自負と地域貢献への強い想いです。環境対策には労力や費用の負担が伴いますが、それ以上に戸田家では「話題性のある取り組みが地域に貢献できる」という考えを持っています。
ー寺田社長「話題性のある取り組みができるなら、やってみる価値はある。規模が大きいからこそ、生ゴミを肥料にしたり資源を循環させたりできるっていう自負があるんです。」
天ぷら油を再利用したバスの試験運用では、当時の生成技術の低さもあってエンジンに不調をきたす結果となり、約3年で運用を断念しました。
ー寺田社長「面白いと思ったものは、まずやってみるんや。それが失敗に終わっても、得られるものは大きい。」
失敗を恐れずに挑戦を続ける経営姿勢が新たな知見を生み出し、戸田家の環境活動の礎にもなっています。
近年の人材不足は、多くの旅館が直面する深刻な課題となっています。戸田家では時代の流れの先頭を切って、外国人スタッフの受け入れ、人材の教育、施設改革といった様々な施策を講じてきた歴史があります。
戸田家では約20年前から、中国をはじめとする外国人スタッフを積極的に受け入れ、文化の壁を超えた職場づくりを進めてきました。
ー寺田社長「全国的にも早かったかな。当時から外国人スタッフは大きな労働力になっとったし、しっかりと教育していけば日本人と同等以上の力を発揮する。外国人を受け入れするのには全然、拒否反応はなかった。」
戸田家では日本語が不慣れなスタッフには日本語教育を提供し、徐々にスキルアップできる環境を整えています。外国人スタッフが接客や礼儀作法を身につけ成長をしていく姿を見るのが楽しみだったと寺田社長は話します。
ー寺田社長「外国人スタッフの採用にはコスト面での利点も確かにある。ただ、それ以上に彼らの能力を引き出し、日本人と同等以上に活躍してもらうことが大事やと思ってます。日本の文化や戸田家流のやり方にも慣れてもらう必要はあるけれど、教育を通じてしっかり伝える。そこは理解してくれとると思ってます。」
能力を認められた外国人スタッフにはリーダーとしての役割を任せ、日本人スタッフと協力しながら活躍できる環境を整えています。戸田家では、文化や言語の違いを超えた協力体制を築き、公平で働きやすい職場づくりを推進しています。
戸田家では積極的に進めてきた施設改革においても、人手不足の解消に一役を買っています。以前はお客様の部屋まで食事を運び、朝食や夕食を召し上がっていただくことが主流でした。朝・夕と慌ただしく動き回るルームスタッフの姿に何とかできないものかと頭を悩ませていました。
そこで導き出したアイデアが、宴会場を活用したバイキング形式での提供です。まずは宴会場での朝食の提供が試験的に導入されました。
ー寺田社長「最初は試しで朝食だけバイキングにしてみたんやけど、意外と楽やなと思った。それで、夕食にも取り入れたら評判が良かったんですわ。」
その後、バイキング会場「天地海」を常設する際には、スペース確保のために、当時、7室の客室と社長室、経理部屋などを撤去することという、寺田社長にとって大きな決断が伴いました。
ー寺田社長「客室を潰すなんてええんかって声もあった。宴会場をバイキング会場にする案も出たけれど、俺は頑として聞かへんかった。戸田家は必ずシーズナリティで伊勢神宮関係の団体さんがくるから、大規模な宴会場も必要やから。」
常設のバイキング会場が設置されたことで、会場のレイアウトを日々変更する手間やコストを削減。大人数に安定した料理の提供を可能にしました。結果として少人数でも効率よく食事を提供でき、スタッフの負担軽減とお客様満足度の向上を両立することに成功します。
ー寺田社長「当時から目の前に面倒くさいことや、きちんとした提供ができないものは絶対に嫌やったんです。」
最盛期の80名以上のルームスタッフが必要でしたが、現在ではその人数は30名以下にまで減少しています。
寺田社長は、鳥羽の街を「歩ける街」として再生することの重要性を話します。歩きやすく整備された道を歩くだけでも気持ちが良く、お店や施設を巡っても楽しめる鳥羽の街を目指していく。そうなれば、観光客にとって心地よい滞在先となるだけでなく、地元住民にとっても住みやすい環境を実現できます。しかし、現状では県道や市道の整備が遅れ、活用できる古い建物が人を呼べる状態には至っていません。
ー寺田社長「歩いて楽しい街になるためには、交通の利便性や商店の繁盛が欠かせへん。だから、段階的に車を停めるスペースを増やして、アクセスを改善する必要がある。」
歩ける街を目指さずに街の衰退を放置すれば、どのような未来が待ち受けるのか。寺田社長は、昨今話題に上る廃墟となった旅館や温泉街の動画を目にするたびに、寂しさを感じていると話します。一つの施設が閉鎖されるだけで、地域全体のイメージが大きく損なわれてしまう危険性を秘めています。
ー寺田社長「自社努力ではできやん街をしっかりと作っていくこと。旅館や商店が繁盛していくためにも、力をいれて継続してやっていかなあかん。」
寺田社長は、歩ける街の実現を支える財源として宿泊税の導入に賛成しています。宿泊税は、観光資源の保全や新たなスポットの開発、道路整備などの具体的な目的に活用される仕組みです。実際に宿泊税を導入している京都市や金沢市などの地方自治体では、税収を活用した観光資源の整備やプロモーション活動が行われ、地域の観光産業の活性化につなげています。
ー寺田社長「宿泊税を導入したら少なくとも2〜3億円は毎年収入となる。その税収で地域を大きく発展させる仕組みを作らなあかん。お金は一銭たりとも無駄にせず、宿泊客に返す。それが、次世代に繋がる街づくりやと思うんです。」
宿泊税で得た税収を観光振興にのみ活用するためには、徹底した監視体制が必要だと寺田社長は説きます。鳥羽をより良い街にしたいという志は皆同じだと理解を示しつつも、税収を無駄なく有効活用する仕組みづくりが、成功の鍵となりそうです。
寺田社長は日頃から従業員に問いかけ続けている言葉があります。
ー寺田社長「鳥羽エリアがどんなに暇でも、1日にお客さんは500人はきとるやろ。その中の500人が戸田家へ泊まりたいって言ってくれたら満室や。そのためにはどういう運営の仕方、どういう旅館であるべきかというものを常に考えていくというのも大切やと。」
この考え方は街づくりにも通じると寺田社長は語ります。
伊勢神宮のお膝元である伊勢志摩という強みを最大限に活かし、鳥羽の街・伊勢の街・志摩の街がそれぞれの特徴を打ち出しながら、地域全体で連携していくことが今後、ますます重要になります。宿泊税で予算を確保できたならば、その財源を未来を見据えた人の手で具体的な施策にして活用することで、日本や世界で選ばれる観光地を作り上げると考えています。
ー寺田社長「時代の流れに応じて、みんなで常に考え続けて改善すればいい。地域づくりは、一度形を作ったら終わりじゃないでな。」
選ばれる宿、選ばれる街を追求し続けてきた戸田家は、創業から約190年の歴史を礎に、これからも挑戦と進化を続けることで地域の発展を支え、新たな歴史を刻んでいきます。
株式会社戸田家